歳をとるということ

日常
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歳をとるということは何かを忘れていくということなのかも

思い出が沢山になったらもうこれ以上は無理よという感じで。

 

2年くらい前

娘が産まれた時くらいから大好きな祖母が認知症になった。

祖母のことは今も昔も大好きで、温かくて癒し系。

看護師になった時も助産師になった時もすごいね、頑張ったねと言ってくれたな。

いつも頑張ってるねって昔からほんとによく褒めてくれた。

怒られた記憶はほんとになくて、おばあちゃんの側はすごく癒されてた。

娘が産まれて初めて祖母に抱っこしてもらった時

認知症になった今は、誰かのことを忘れるとかそういうのはまだ大丈夫。

さっき言ったことを忘れちゃうとか、物をなくしちゃうとか・・・

この病気になってから、周りの家族みんなも辛かった。

おばあちゃんがおばあちゃんでなくなってしまう気がして。

忘れちゃうおばあちゃんに母や祖父は苛立ったりもした。

 

助産師はお産をとるだけが仕事じゃない。

女歳の一生に寄り添う仕事。

だから今まで高齢者の人とも沢山関わった。認知症の女性とも。

だから経験はある。接し方など家族に率先して伝えた。

でもやっぱり家族となると私も医療者の気持ちではいられない。

認知症という言葉も使いたくない。

ただ歳をとっただけなんだとそう思いたい。

これからきっともっと大変になるかもしれない。

もっともっと忘れてしまうことが増えるかも。

でも私はそれでもおばあちゃんには毎日を温かく幸せに過ごしてほしい。

笑って過ごしてほしい。

これからどうおばあちゃんをサポートしていくか家族で考えなきゃいけない時が沢山あると思う。

おばあちゃんが幸せでいられるのか

それを一番に考えたい

娘にはいつまでも大好きなひぃおばあちゃんでいてほしいし

家族みんなの大事なおばあちゃんがこれからもちゃんと幸せでいられるように。

 

大事なおばあちゃんが忘れていくことはどうか辛かったことでありますように。

幸せな記憶だけが残りますように。




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助産師きみ

三重県で助産師として胎教、マタニティーヨーガ、育児訪問、母乳相談等を行いママと赤ちゃんに寄り添える存在になれるよう活動しています。随時ブログも更新中。詳しいプロフィールはこちらから

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Kimi. (キミドット)

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